8月17,18,19日は二俣諏訪神社祭典
見どころの一つ土曜日(祭典二日目)に行なわれる神輿渡御は、十三台の大屋台が神輿に供奉して二俣町内を巡幸します。
二俣諏訪神社祭典神輿渡御は江戸時代前期の天和初年(1681)に始まったとされています。
江戸時代の屋台行事は、町々屋台が宮神輿に連なって氏子町内を巡幸する神輿渡御が祭禮の基本でした。東京の神田祭や山王祭も明治前期までは屋台、山車(人形や万燈などの「出し飾り」を載せた屋台…江戸時代の文献に「山車(だし)」は見られず、単に屋台、鉾、人形屋台とする表記が多い…一般には民俗学者の折口信夫が「山車(だし)」の呼称を広めたと云われます)が神輿渡御に随行していました。
江戸後期になると、「本祭」の神輿渡御から屋台が切り離され屋台行事を「付祭」…祭典の余興として行なうケースが増え、屋台は「風流物」とされるようになりましたが、二俣では江戸時代の古式に則り、現在も宮神輿に大屋台が随行する神輿渡御の伝統を遺しています。
「本祭」で使う大屋台とは別に、各町に余興として使う「花屋台」がありますが、近年は人員の不足もありあまり活用されなくなっています。大屋台も映像にある十四台から十三台へと減少しています。
然し現在でも、十三台の大屋台が曳き廻され古式ゆかしく神輿渡御の伝統を守る「二俣諏訪神社祭典」は遠州最大の夏まつりとして、その華やかさを誇っています。
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